【千葉・最恐古戦場】行人台城跡…“皆殺し”の怨念、赤子の泣き声と老婆の霊が彷徨う森 千葉県松戸市、JR北小金駅のほど近く、閑静な住宅街の一角に、戦国時代の凄惨な記憶を刻んだまま、静まり返る森があります。「行人台(ぎょうにんだい)城跡」。
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【千葉・最恐古戦場】行人台城跡…“皆殺し”の怨念、赤子の泣き声と老婆の霊が彷徨う森
千葉県松戸市、JR北小金駅のほど近く、閑静な住宅街の一角に、戦国時代の凄惨な記憶を刻んだまま、静まり返る森があります。「行人台(ぎょうにんだい)城跡」。ここは、かつて城主一族が“皆殺し”にされ、その血で血を洗う歴史を持つ場所。今もなお、深夜の森には、落ち武者の霊と共に、赤ん坊の泣き声と、老婆の霊が彷徨い続けているという…。
噂される怪奇現象と有名な体験談
戦国時代の怨念と、現代の呪いが交錯するこの場所では、その歴史を物語るかのような、数々の心霊現象が報告されています。
- 深夜、森の奥から、赤ん坊の甲高い泣き声が響いてくる。
- 誰もいないはずなのに、林道や、かつての寺院跡を、腰の曲がった老婆の霊が徘徊している。
- 森の中を、白い人影が集団で、まるで軍勢のように行進している。
- 境内にある大木に、呪詛に使われたとされる「藁人形」が打ち付けられていることがある。
- 敷地内に足を踏み入れると、急激な頭痛や吐き気、そして誰かに見られているような強い圧迫感に襲われる。
- 撮影した写真に、おびただしい数のオーブや、木々の間に浮かぶ顔が写り込む。
最も有名な伝説「闇に響く“赤子の泣き声”」
この城跡を、単なる史跡ではない、特別な畏怖の対象たらしめているのが、「赤ん坊の泣き声」の伝説です。これは、かつてこの城が落城した際、あるいは、その後の混乱の中で、この地に捨てられ、命を落とした幼い子供の霊であると噂されています。
「深夜、森の中を歩いていると、どこからともなく『オギャー、オギャー』という、赤ん坊の甲高い泣き声が聞こえてきた。声はすぐ近くからするのに、どこにも姿は見えなかった」「泣き声に導かれるように森の奥へ進むと、急に金縛りにあい、動けなくなった」など、あまりにも悲しく、そして恐ろしい目撃談が後を絶ちません。
彷徨える“老婆”と“白い人影”
この場所には、赤ん坊の霊だけでなく、「老婆の霊」や、「白い人影の集団」も数多く目撃されています。老婆の霊は、かつてこの地にあった寺院の墓守であったとも、あるいは、戦乱で孫を失った女性の霊であるとも言われています。
また、白い人影の集団は、この地で起きた合戦で命を落とした、数千もの兵士たちの霊であると考えられています。「霧の深い夜、森の奥を、白い着物を着た人影が、何十人も列をなして、ゆっくりと歩いていた」といった、まるで“百鬼夜行”のような、壮絶な体験談も存在します。
この場所に隠された歴史と呪われた背景
行人台城跡の成り立ち
「行人台城」は、室町時代の寛正3年(1462年)に、千葉氏の家臣であった高城胤忠(たかぎたねただ)によって築かれたとされています。北小金城の支城の一つとして、この地域の防衛拠点となっていました。
しかし、その歴史は血塗られたものであり、戦国時代には、幾度となく激しい合戦の舞台となりました。一説には、この城が落城した際、城主の村上氏をはじめ、農兵、老人、女性、子供に至るまで、城内にいた全ての人々が“皆殺し”にされたという、凄惨な伝承も残っています。
江戸時代以降は、寺院や神社が建てられましたが、明治維新と共に廃城・廃寺化。現在では、その多くが宅地化され、わずかに土塁や石碑が残るのみとなっています。
心霊スポットになった“きっかけ”
このありふれた城跡が心霊スポットとなった背景には、その**「“皆殺し”古戦場」**であるという、動かしがたい、血塗られた歴史があります。
「合戦による、おびただしい数の死」。その強烈な記憶が、この土地に、数百年にもわたる深い怨念として刻み込まれているのです。
さらに、**「廃寺・廃城」となったことで、かつて魂を鎮めていたであろう祈りの場が失われ、行き場のない霊たちが、この森に集うようになったと考えられています。「藁人形が打ち付けられていた」**という噂もまた、この場所が、現代においてもなお、呪詛や呪術といった、負のエネルギーを引き寄せやすい場所であることを物語っています。
【管理人の考察】なぜこの場所は恐れられるのか
単なる城跡が、なぜこれほどまでに恐れられるのでしょうか。それは、この場所が**「歴史の“怨念”」と「現代の“呪詛”」**が、交錯する場所だからです。
- 歴史的要因: この場所の恐怖は、**「“皆殺し”にされた」**という、戦国時代の、あまりにも無慈悲で、凄惨な「死」の記憶に根差しています。それは、武士同士の名誉ある死ではなく、女子供、老人までもが巻き込まれた、一方的な殺戮の記憶です。その計り知れない「無念」と「怨念」が、この土地の霊的な土壌を、深く、そして強力なものにしているのです。
- 地理的・環境的要因: 市街地や住宅街に隣接しながらも、一歩足を踏み入れると、そこは昼なお暗い、鬱蒼とした森。この「日常と非日常の近さ」が、最大の恐怖要因です。夜になれば、その森は、完全な闇と静寂に包まれます。古い墓地や石碑、そして崩れかけた土塁が点在する光景は、訪れる者に、ここが「死者の領域」であることを、強烈に意識させます。
- 心理的要因: **「藁人形」という、日本の呪術文化において、最も強烈で、視覚に訴えかける“呪いのシンボル”。この存在が、この場所の恐怖を、単なる幽霊譚から、「生きている人間の、生々しい悪意」**へと昇華させています。「古の怨念」と「現代の呪詛」が同居する。その事実に、訪れる者は、この世ならざるものと、この世の悪意の両方から、同時に狙われているかのような、強烈な心理的恐怖を感じるのです。
探索の注意点
現在の状況と物理的な危険性
- 【重要】一部は私有地・立入禁止: 行人台城跡は、一部が公園として開放されていますが、**多くは私有地(宅地や畑)**であり、立入禁止となっています。
- 夜間は完全な暗闇で危険: 公園内に街灯はほとんどなく、夜は完全な暗闇です。道は舗装されておらず、足元が悪いため、転倒や滑落の危険があります。
- 野生動物: 周辺は山林であるため、野犬やイノシシなどの野生動物と遭遇する可能性があります。
- 近隣は住宅街: 史跡のすぐそばまで、民家が密集しています。
訪問時の心構えと絶対的なルール
- 故人への敬意を最優先に: この場所は、肝試しスポットである前に、戦国時代に散った、数え切れない魂が眠る神聖な古戦場です。**絶対に面白半分で訪れないでください。**不謹慎な言動や、史跡を荒らす行為は、故人を冒涜する許されざる行為です。
- 絶対に私有地に侵入しない: 柵やロープが張られていなくても、私有地への無断立ち入りは不法侵入にあたる犯罪行為です。
- 夜間の訪問は避ける: 物理的な危険性が高すぎるため、夜間の訪問は絶対に避けるべきです。
- 近隣住民への配慮を徹底する: 現場は住宅街の真っ只中です。 深夜に大声で騒ぐ、違法駐車をするなどの行為は、住民の方々の多大な迷惑となります。即座に警察に通報されます。
まとめ
行人台城跡は、戦国の世の悲劇と、現代の闇が、一つの森の中に凝縮された場所です。その深い闇に響くのは、本当に赤子の泣き声なのでしょうか。それとも、この土地の悲しい歴史を忘れてはならないという、風の音なのでしょうか。
このスポットの近くにある、もう一つの恐怖
- 八柱霊園(やはしられいえん) 行人台城跡のある松戸市に存在する、日本最大級の公営霊園。10万基もの墓石が並ぶこの場所は、夜な夜な、数え切れないほどの霊が彷徨うと噂され、特に“13区”は、千葉県最恐の心霊スポットとして知られています。
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