地蔵が動く…武士の霊が彷徨う紀州の古戦場「旧卒塔婆(そとば)トンネル」 和歌山県有田川町と海南市の境、かつて多くの人々が行き交った熊野古道の一部に、異様な雰囲気を放つ古いトンネルがあります。「旧卒塔婆トンネル」。
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地蔵が動く…武士の霊が彷徨う紀州の古戦場「旧卒塔婆(そとば)トンネル」
和歌山県有田川町と海南市の境、かつて多くの人々が行き交った熊野古道の一部に、異様な雰囲気を放つ古いトンネルがあります。「旧卒塔婆トンネル」。その名の由来となった卒塔婆(供養のための木片)が数多く立てられていたというこの場所は、南北朝時代の古戦場跡地であり、無念の死を遂げた武士の霊が今もなお彷徨い続けていると言われています。
心霊スポットとしての旧卒塔婆トンネル:古戦場の怨念と動く地蔵
このトンネルが心霊スポットとして恐れられる理由は、その土地が持つ血塗られた歴史にあります。今から約600年以上前、南朝と北朝が覇を競った南北朝時代、この地で激しい戦いが繰り広げられ、多くの武士たちが命を落としました。彼らの成仏できない魂が、トンネルという閉鎖的な空間に集まり、様々な怪奇現象を引き起こしていると考えられています。また、トンネルの入り口に祀られたお地蔵様が、夜な夜な向きを変える、あるいは血の涙を流すという不気味な噂が、この場所の恐怖を一層引き立てています。
歴史的背景:藤白坂の戦いと供養の卒塔婆
旧卒塔婆トンネルが貫く山は、かつて「藤白坂(ふじしろざか)」と呼ばれ、熊野古道の難所として知られていました。1379年(康暦元年)、この地で南朝方の橋本正督(はしもとまさただ)軍と、北朝方の山名氏清(やまなうじきよ)軍が激突する「藤白坂の戦い」が起こります。この戦いで多くの兵士が命を落とし、戦後、その魂を供養するために無数の卒塔婆が立てられたことから、「卒塔婆峠」と呼ばれるようになったと言われています。
旧卒塔婆トンネルは、1925年(大正14年)に完成。しかし、より安全な新トンネルが完成すると、その役目を終え、現在は静かな旧道の一部となっています。
怪奇現象・体験談:甲冑の武者と血の涙を流す地蔵
この場所では、古戦場で亡くなった武士の霊に関連する、数々の怪奇現象が報告されています。
- 甲冑姿の武士の霊 このトンネルを象徴する最も有名な怪奇現象です。深夜、トンネル内部や、その前後の道で、甲冑を身に着けた武士の霊が徘徊している姿が目撃されています。血まみれの姿でこちらを睨みつけてきたり、馬に乗った騎馬武者の行列が通り過ぎたりすると言います。
- 動く、血の涙を流す地蔵 トンネルの入り口に祀られているお地蔵様が、訪れるたびに顔の向きが変わっていたり、その目から血のような赤い液体が流れていたりするという、非常に不気味な現象が報告されています。
- トンネル内の怪異 トンネル内では、誰もいないはずなのに背後から足音が聞こえてきたり、壁から無数の手が伸びてきたり、車のエンジンが停止したりといった怪奇現象が多発すると言われています。
現地の状況・注意事項:現役の旧道と神聖な地蔵
- 現在の状況 旧卒塔婆トンネルは、現在も旧国道として通行が可能です。しかし、道幅は非常に狭く、照明もないため、夜間は完全な暗闇に包まれます。トンネル内部も老朽化が進んでいます。
- 立ち入り禁止区域 公道であり、立ち入り禁止区域は特にありません。しかし、お地蔵様を祀っている祠などを荒らす行為は絶対にやめてください。
- 安全上の注意点 トンネルへ至る道、そしてトンネル内部は非常に狭く、対向車とのすれ違いは困難です。夜間の運転には最大限の注意が必要です。
- マナー-・ルール ここは多くの武士たちが命を落とした古戦場であり、その魂を鎮めるためのお地蔵様が祀られている神聖な場所です。肝試し目的であっても、大声で騒いだり、ゴミを散らかしたりする行為は厳禁です。もし訪れる際は、まずお地蔵様に静かに手を合わせ、全ての魂の冥福を祈ることが最低限のマナーです。
訪問のポイント
- おすすめの時間帯 心霊スポットとしての雰囲気を味わいたいのであれば、人けがなくなる深夜となりますが、前述の通りアクセスの危険性も伴います。
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